2010年7月8日木曜日

切り子燈篭



東京のお盆は7月なのでもう準備が始まります。今日は切り子燈篭を出しました。何年も前から燈篭の骨組みにある金紙の飾りが痛んでいたので今年はそれを新しい金紙で作り直しました。たいした技術もいらない作業ですが、そう言えば小学校の図工、中学校の美術の成績は「5」だっなあと思いだしながら仕事をしました。 完成はこんな感じで本堂につるします。

実はこの燈篭の恰好は実に残酷な謂われによります。上の部分が女性の頭、垂れ下がった青赤紙は髪の毛です。逆さ吊りにされた女性の頭なんです。このような姿で餓鬼道で苦しんでいた目連尊者のお母さんが救われていくという「盂蘭盆経」の教えに依っています。目連尊者のおかあさんが救われていくすがたはこうです。
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「むかしむかし、お釈迦さまの特にすぐれたお弟子の一人に、目連尊者という方がおられました。居ながらにして世界のできごどを見たり、他人の心を見通したりするこどができる"神通力"を持っておられました。
 ある時、その神通力で亡くなった自分の母親の姿を見てみると、餓鬼道に堕ち、やせ衰えた姿になっています。母は我が子を育てるのにやむをえず悪業を犯しその結果、餓鬼道に堕ちたのです。驚いた目連尊者は、神通力でご飯を鉢に盛って供養しますが、母がそれを食べようとすると、たちまちに炎となって食べることができません。
目連尊者は泣き悲しみ、救いをお釈迦さまに求めました。お釈迦さまは静かに説かれます。
 「7月15日は雨期の勉学修行期間(夏安居)の最終日で、自らが犯した罪を告自懺悔するために、憎たらが集う日である。そこでたくさんの飲食物をお供えするがよい」(盂蘭盆経)
目連尊者がそのようにすると、亡き母親は餓鬼道の苦しみから救われたということです。
 すなわち、真実の救いに出会うこととは、亡き母や特定の先祖に供物を捧げるというのでなく、自らが深く仏法に帰依して、限りなき仏さまのおはたらきを仰いでゆくということでしょう。言い換えれば、ご先祖のご恩に報いる道は私自身がお念仏を慶ぶ身となることです。」
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