2008年5月27日火曜日
久しぶりに仏教情報センター
今日は久しぶりに仏教情報センターテレホン相談へ。午前10時から午後4時まで電話は鳴りっぱなし。いろいろな質問がある。人生相談、病苦、人間関係、法事のお布施、寺院とのトラブルなど多岐に亘った。こういう所に一日いると、ご門徒の方々は何をどのように悩み、何がわからないのか、何を聞きたいのかがよくわかる。お寺が伝えたいことと、お寺からききたいことのギャップは大きい。これになかなか気が付かない。このギャップを埋めないと、お寺の存在意義が無くなる。社会に貢献しない寺はだめだ。お寺はただの町の風景ではない。と、自分に言い聞かせる・・・。
2008年5月17日土曜日
遅ればせながら「冬ソナ」
遅ればせながら「冬ソナ」を全部見ました。隣の奥様がDVD貸してくださいました。全7枚。DVD1枚に3話入っているので、結構な時間がかかりました。
世の奥様方が韓国ドラマにはまるのがわかりました。見出すと止まりません。
純愛ドラマで、台詞も少なく、画面の構図もきれい。日本のテレビドラマとはずいぶん違いました。
何か久しぶりにきれいなものを見たと言うのが感想です。結末はどうなるのかと思って期待していましたが、意外とあっさりで、これで終わり?このあとどうなるの?続きがありそうな終わり方でした。
お陰で睡眠不足と昼間も仕事がすすまない数日が続きました。奥様方がこれにはまると、睡眠不足と仕事が手に着かないのがずっと続くのでしょうか?
世の奥様方が韓国ドラマにはまるのがわかりました。見出すと止まりません。
純愛ドラマで、台詞も少なく、画面の構図もきれい。日本のテレビドラマとはずいぶん違いました。
何か久しぶりにきれいなものを見たと言うのが感想です。結末はどうなるのかと思って期待していましたが、意外とあっさりで、これで終わり?このあとどうなるの?続きがありそうな終わり方でした。
お陰で睡眠不足と昼間も仕事がすすまない数日が続きました。奥様方がこれにはまると、睡眠不足と仕事が手に着かないのがずっと続くのでしょうか?
2008年5月6日火曜日
足あと(仏足石?)

仏足石ならぬ、足形を作った。
仏足石とは、まだ仏像が出来る前、あたかもここに仏がお立ち下さっていると言う印に足形を石に刻み、それを礼拝した。世間では、良く手形をインクで押したりするが、仏教徒はやはり足形でしょうと言うことでこうなった。
足形を作ったのは、実は初めてではない。2回目である。
前回は材料費をけちって、一番安いブロンズ粘土で作った。ブロンズ粘土は細かいところまでディテールが再現されとてもリアルなのだが、唯一欠点があった。それは乾燥時に収縮することであった。気が付かなかった。
アメリカのハリウッドに行くと有名スターの手形があるらしいが、そこに行ったレポーターさんがよく「○○さんは意外に手が小さいです」なんて言っているのを聞いたことがある。ハリウッドの手形もおそらく収縮する材料でやっているのだと思う。
そこで今回は白い樹脂系の粘土でやってみた。収縮はほとんどなくきれいに出来たが、しなやかな粘度で細かいところの再現力はブロンズ粘土の方がまさった。しかし、きれいに出来、白いと言うところが好感が持てる。
この仏足石ならぬ、しら足石、おそらく私が死んでも残ると思う。13代目の住職の足はこういう形をしてたんだと思ってくれればと思っている。また逆に、こんなものまで作って、どれだけこの世に執着していたんだろうと思うかも知れない。どっちでもいい。この世に生きた印として足あとを作った。
皆様もいかがですか?なかなか良いもんですよ。
2008年5月2日金曜日
ホラー映画








映画8本、DVDで見た。昔の白黒時代のホラー映画、フランケンシュタイン、フランケンシュタインの花嫁、ドラキュラ、透明人間、ミイラ男、狼男、吸血鬼、半魚人みんな1930年40年代頃の作品。コンピューターがないけど特撮はなかなか良くできている。ストーリーは複雑で登場人物の関係を理解するには相当時間がかかる。(作品の時間も長いが)。
後日、大人の人とこんな映画を見たと話すと、結構見ている人が多く、有名な場面を覚えていたりして驚いた。みんな見ていたのである。時代が移って、まんが「怪物くん」に出てくる、フランケン、ミイラ男、オオカミ男、ドラキュラ、の絵は、これらの映画が現形だろう。
多くのホラー映画の礎を築いたこの時代の映画人に拍手を送りたい。今なお色あせない作品だと思う。
後日、大人の人とこんな映画を見たと話すと、結構見ている人が多く、有名な場面を覚えていたりして驚いた。みんな見ていたのである。時代が移って、まんが「怪物くん」に出てくる、フランケン、ミイラ男、オオカミ男、ドラキュラ、の絵は、これらの映画が現形だろう。
多くのホラー映画の礎を築いたこの時代の映画人に拍手を送りたい。今なお色あせない作品だと思う。
2008年4月23日水曜日
すゞの樹

「すゞの樹」にはたびたび行く。
ここは銀座のバー。と言っても、ホステスさんがいて「お一つどうぞ」という店ではない(こんな店もう無い?)。席数は9か10。お母さんと息子さんでやっている。店ではママとトーマス。トーマス君は銀座の「銀実会」にも入っている由緒正しき店。
この店は2つの顔がある。一つは軍装品軍事マニアの店。(トーマス君は毎日世界各国の軍服を日替わりで着ています)。もう一つは音楽マニアの店。私はどちらかというとこっち。大きな液晶TVがあって、めずらしかったり、懐かしかったりする洋ものDVDを見ながら、蘊蓄を垂れながら飲む。このあいだは久しぶりにエルビスのアロハ・フロム・ハワイ(1973)のDVDを見た。やっぱりかっこいい。エレキギターも置いてあるので、画面に合わせて弾くまねをしたり・・。
気を遣わずにゆっくりいられるし、こんなのが聞きたいとリクエストすると次回までに用意していてくれる。盤を戴くこともしばしば。お陰で家には、盤がいっぱいでDVDコンサートが出来るくらいです。
また行こ。
2008年4月17日木曜日
みやざきホスピタルビハーラの会

今日は朝から曇り空。午後から雨になる天気予報が出ていました。
そんな中、みやざきホスピタルビハーラの会に出かけました。みやざきホスピタルは篤信の宮崎幸枝先生が理事長を勤める精神科の病院。毎月ビハーラの会という法話会が病院の中で開催され、法話のあと、仏壇のある和室で座談会をします。ご聴聞に来られている方は入院患者さんと職員さん方で、入院が長い方は当然ご聴聞の回数も多いのでいろいろなことをご存じです。
久しぶりに行きましたがもうこの法話会は160回以上を数えていました。
今日は早めに着いてしまったので、菜の花がきれいに咲き、ひばりがピーチクパーチク、小川がせせらぐ良いところがあったので、ちょっと休憩(みやざきホスピタルは茨城県稲敷市にあります)。東京では味わえないひとときを過ごしました。
約40分くらいお話しさせていただきました。皆さん熱心にご聴聞されています。もちろん宮崎先生も。座談会ではいろいろな質問が出ます。初めてのビハーラの会に出られたというより、初めて法話を聞きましたと言う方も方も入院患者さんと職員の方のにそれぞれいらっしゃいました。初めての方でも、意見や質問をされました。お寺じゃないということか、宮崎先生のお人柄なのか、みなさん思ったことは素直におっしゃいますし、わからないことはお尋ねになるります。無駄な力が入ってない姿だなあと思いました。私なんか、毎日無駄な力が入りっぱなしです。
2008年4月12日土曜日
マツダの電球
先日、旧岩崎邸を見学いたしました。ネットで旧岩崎邸のことを検索していたら、屋根裏からマツダ社製の電球が見つかったという記載があって、さすがに古いものが残っているんだなあと思っていました。
その矢先、拙寺の本堂の金燈篭の電球が切れました。交換をした記憶があまりない燈篭でした。普通に燈篭の扉を開けて、電球を交換しました。100V-20Wという小さな電球です。長いこと使っていたようでずいぶんと汚れていました。
ふと切れた電球を見ると、なんと「マツダ」と書いてあるではありませんか。旧岩崎邸と同じ会社の電球が使っていたとは何とも驚きです。
これまたネットで調べてみたら、「マツダ」は東芝電気の前身で、1962年(昭和37)に「マツダ」から「東芝」に社名を変えたことがわかりました。
ということは、この電球「マツダ」の最後期型としてもなんと「46年」経っていることになります。私が6歳の頃から本堂の金灯篭の中でともっていた電球と言うことになります。何という長寿電球でしょう。
最近の電球は寿命が短いですし、寿命が長いという電球型蛍光灯でもこんなに保たないいでしょう。
昔の製品は良くできていたんですね。感心します。良いものを作ろうという姿勢だったんでしょう。
最近では、儲けるために、適当な時期に壊れるように最初から作っているようなことを聞きます。なんということでしょう。こんな心がけで良いんでしょうか。仏さまは見ていらっしゃいます。
いつまでも長持ちする良いものを作りましょうよ。
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